場所
シュトットガルト(Stuttgart)中央駅からミュンヘン方面に電車で30分程行ったとことにあるゲッピンゲン(Geppingen)駅で下車。そこからバスでゲッピンゲンの市区ホーエンシュタウフェン(Stadtteil
Hohenstaufen)まで15分位。そこから頂上をに目指して山登り、徒歩で約5分で城跡に到着。
城の歴史
1080年にシュヴァーベン大公フリードリヒ老公(Friedrich der Alte)がホーエンシュタウフェン山の上に城を建設、以後ここが領土一円の支配の中心となり、この家門がこの城にちなんでホーエンシュタウフェン家(Hohenstaufen)もしくはシュタウファー家(Staufer)と呼ばれるようになる。初期の城は城壁が木組であった。皇帝フリードリヒ赤鬢帝(Friedrich
Barbarossa)の時代に大々的な改築が行われ、城壁も石組みとなる。1166年にコンラーディンがナポリで処刑され、シュタウファー家が断絶すると、その後国王に選出されたルードルフ1世がこの城の所有者となる。15世紀になると帝国所有の城や所領が諸侯に売却されることが盛んになるが、この城もその例に漏れず、バーデン・ヴュッテンベルク公に売却される。1536年にシュヴァーベン地方で起こった農民戦争の最中、この城はたった300人の農民によって落城し、以後廃城となる。ゲッピンゲンの新しい城の建築の際に建築資材として、城壁のほとんどの石を持って行かれる。プロイセンの時代になると、ロマン主義の波に乗って城の再建計画が立てられるが、資金が集まらず断念。戦時中に大がかりな発掘調査と保存のための修復が行われ、史跡として現在城の機構等が残っている。
訪問記
登城前日に麓のユース(Jugentherberge Hohenstaufen)に泊まる。ここのユースから、ホーエンシュタウフェンとホーエンレヒブルク(Hohenrechburg)の2つの城を眺めることが出来ます。この城を訪問するにはもってこいの基地です。次の日の朝にユースをでて、この城に登りました。この城は標高665メートルの高さにあるホーエンシュタウフェン山の山頂にあるのですが、市区ホーエンシュタウフェンがすでに標高約580メートルの所にあるので、ちょいと歩いただけで頂上に着きました。山というよりは小高い丘といったところでしょうか。山頂に着くと、朝早くということもあって、誰もいませんでしたが、山小屋で飼っているドーベルマンが恐ろしく吠えていました。この小屋では軽食とビール(シュヴァーベンビール)が飲めるようになってます。さて城の方ですが、基礎部分は石垣が残っていて城の大体の規模、構造などを確認することができます。ここからシュタウファーの王家の領土を見渡すことが出来ます。同家はここを中心とした半径10キロの山々に1170年以降城を次々と建設していき、領地支配の強化を進めていってます。また城跡からゲッピンゲンの町、周りの城跡、シュタウファー王家の修道院のあったロルヒの町、シュバービッシェゲミューント、シュヴァーベンの黒森の景色を見渡すことが出来ます。ここを中心として、四方にのびる街道はシュタウファー街道と名付けられて、シュタウファー王家にゆかりのある町や城跡が続いていますが、ドイツでもマイナーな旅行ルートなので、日本では10人くらいしか知らないと思われます。この城の麓にはシュタウファー博物館があり、この城あとを再現した模型や再建計画の史料なんかを展示しております。またここから歩いて50分ほど行くとミニステリアーレンに支配の強化のため築かせたホーエンレヒブルクがあります。その訪問記もいずれ書く予定です。城を出るときに城壁にやたらとでかいカタツムリを発見、それを見ながら、シュタウファーの華やかな栄光はいずこ、今はどでかいカタツムリが這っているだけとしみじみ思うのでした。
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訪問 2001年7月21日